◇ねえ、これ、どこのだれに言えばいいの?-ギャラリーストーカーと出禁予備軍- 第1部

2026年1月23日


ギャラリーストーカーと、それに準ずる迷惑客について

答え・わからない

それが「問題」だと気づくまで


これまで、個展とグループ展の両方を経験してきた。

個展ではほぼ毎日在廊、グループ展では当番制で受付や会場案内を担当していた。

展示会場の環境はさまざまだ。

受付から全体が見渡せる明るい空間もあれば、8〜16畳ほどのレンタルスペースで外からは見えず、
半密室のような会場もある。
企画画廊ではスタッフやオーナーが近くにいて助けを求めやすいが、個人でフリースペースを借りる場合、
来客対応はその場にいる自分だけで行うことになる。

当時の私は、こうした環境による安全性の差をほとんど意識していなかった。
そして後に起きる出来事が「問題」だとは、すぐには認識できなかった。

まだなにも、しらないワタシ

〈初期〉ちょっとした違和感


来場頻度は特別多くなく、来場する時間も特に問題なかった。
ただ話しかける時の、隣に並んだり向かい合ったりする際の距離が、やけに近い。
家族や親しい友人でもないのに、頭や身体を寄せて話しかけられるような近さに、違和感を覚えた。

会話の内容も私的だった。鑑賞もそこそこに、
一緒に飲みに行こうと誘われる。
結婚しているか、家族構成はどうか、仕事は何をしているのか、といった質問が続く。
作品についても、技法や画材について細部まで聞き出そうとする。

一方で、相手は自分の名前や立場をほとんど明かさない。
知り合いの作家や有名な先生の名前を出し、「自分はその関係者だ」と語るが、ついぞ名前は名乗らない。
不在の出展者について容姿を尋ねるなど、不躾な質問もあった。

この段階では、
「独特な距離感を持つ来場者」
その程度の認識だった。

だんだんと下を向く

〈中期〉負担


次第に、展示中の時間が奪われる。
長い会話は切り上げどころが分からず、他の来場者が来ても対応を変えられないこともあった。

連絡先は直接聞かれないものの、名刺や作家紹介の紙は必ず持ち帰られた。
(テイクフリーな資料なのだから、この行動だけでは流石にNGとはならない。)
自分の話や作品を見せ、意見や感想を求められることも増え、気づけば展示中に「作家ではなく、相手の話を受け止める役」を一方的に担わされている感覚になってくる。

〈後期〉恐怖と孤立


出来事が重なると、不快感とストレスで展示に集中できなくなった。
在廊日が近づくと気が重く、共同参加者やオーナーに話すことでこちらの印象を悪くするのでは、と
誰にも相談できず一人で抱え込むようになった。

そのとき取ってしまった対応


当時の私は、

  • 違和感があっても愛想よく対応した
  • 「作家なのだから」「お客さまなのだから我慢すべき」と思い込んだ
  • 有名作家や知人の名前を出されると恐縮してしまった
  • 周囲に相談しなかった/できなかった

そうした対応を重ねていた。

実際は「ハイ、ハイ、」と対応してしまう

その結果


心身への影響は少なくなかった。
数週間で収まることもあれば、数年にわたりフラッシュバックすることもあった。
(フラッシュバックなどと大げさな、と思われるかもしれないけれど、嫌な思いをした記憶が、
新しい展覧会を開くたび毎度思い起こされ、煩わしさったらないのである。

「その程度のこと」「穏便に済ませた方がいい」という空気で、同性や同業者への不信感も生まれた。

また、展示環境にも影響があった。

地方では、アート作品を発表するギャラリーやレンタルスペースなどを選べる展示場所が少なく、
「嫌なら別の場所でやればいい」という助言が、現実的でない場合も多い。

帰宅後悶々とする図

この時点では、
これは個人的な不運なのか、展示をする以上、仕方のないことなのか、
判断がつかないままだった。



次回は、本来どう対応すべきだったのか
そしてそこに至るまでに必要だった価値観の転換について書いていく。〈つづく〉

雑記

Posted by suho