◆作者がギャラリー在廊中にうけとった言葉
「作者がギャラリー在廊中にうけとった99の言葉」
が刊行できるのでは?と、いま、思う。
まだ個展で作品を発表しはじめたばかりのころ。
来廊者から
「色彩感覚がない」
「どこか(協会)所属してる?誰に師事してる?」
「モチーフが何なのかわからない」
「値段が高すぎる」
「または安すぎる」
「(ほとんど作品を見ずに)売れますか?」
「(ほとんど作品を見ずに)額がいいね」
「どこの美大?」
「(教職してないと)もったいないね」
「(指がつく、またはもう少しで作品に着くくらいに指して)ここどうやって作っているの」
等の言葉を投げかけられたことがありました。
なんとかも積もれば山が燃えるもので、そういう言葉を投げかける人は、
【気軽に思ったことが、そのまま素直に出てしまっている人】
【この展示場所に来る前に御身に何かあった人】
がほとんどですが、ごく稀に、相手がわたくしと同じものづくりや、
作家だと知ったときは、驚くよりも〈今、こういう人にしか私は反応してもらえないのだ〉と、
情けなくて悔しくてしかたがありませんでした。
一問一答、一喜一憂。
自分でも超馬鹿がつく正直さで、在廊中はすべてに反応し、
対話を試みていました。
今思えば、それらの声は自身の制作の手足を止めるだけで、
成長の糧にはひとつもなっておりません。
肌感として、自分の制作姿勢にhonestyである作家や、
拙作に限らず、対価を払って作品を手に入れたことがある人、
職業としての批評家には、ほとんど上記に当たる物言いはなさらないということです。
かっこよく言い切ってしまいましたが、思っていてもその場では言わない人、
双方の言葉が伝わるまでじっとその時を待ってくれた人もいたかもしれません。
(別の場所で言ってるかもしれないが。)
もし、自分の作ったものを発表したばかりのひとで、行きずりの人に何か言われて
しょんぼりしたことがあったのなら、しょんぼりした同士で傷をずっと見せ合ったり、
大変だったね、と言ってくれた人にずっとよっかかるのはお勧めしません。
そうしている間、自分の制作の手は止まったままでいるからです。
ほどほどの体できりあげましょう。
そしてまた、制作を続けましょう。
わたしも、続けます。
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