◇トリエステの坂道 須賀敦子 新潮文庫

イタリアへ行った方から教えてもらった1冊
本を読むのに理由なんかなくてよいのだけれど、時々思いもかけない機会で出会う本がある。
ある彫刻家の個展へ行ったときに、その方との会話で本の話がでた。
それがこの一冊だった。
ご自身の若い頃、彫刻の勉強をしにイタリアにいたことがあるらしく、
須賀敦子さんの書く文章には思い入れがあるようでした。
遠く離れたところへ行ったことのある人が、彼の地の話をするとき。
目がすうっと細くなる瞬間がある。
きっと、当時のことを思いながら、大事に記憶から取り出しているのだろうなあ、と思う。
どこかに身を移したひとの経験談を聞くのは楽しい。
須賀敦子さんの綴る言葉は、傷が癒えるまで息をひそめてじっと巣穴から動かない獣のようなイメージ。
言葉のひとつひとつ、文章の一行ごとに静けさがあって、
前のめりに過ごしていた背中のこわばりが、柔らかくなっていくのがわかる。
その土地に、ひと時居させてもらったような気持ちになる。
イタリアへは一度いったことがある。
ヴェネチア。
フィレンツェ。
ローマ。
美術館やレストラン、メインの大通りやバスの中から見える景色。
定番で、おおまかな観光の記憶しかなかったところへ、この本。
須賀敦子さんの文章は「暮らしていた」側のまなざしで丁寧に綴られていた。
わたしの知らなかった、もとい探そうともしなかった土地の暮らしがあった。
これから、イタリアの記憶を探ろうと目を細めた先には、この一冊が浮かぶことになるだろう。
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