◆銅版画の作り方 エッチング技法の制作工程を紹介
銅版画とは、コツコツと作る超アナログな印刷技法
「どうやって作るんですか?」
個展をしていた初めの頃、よく質問された気がします。
銅版画とは、
・うすい銅板の上に特殊な保護液を塗る
・ニードルで画や文字を彫る
・銅を溶かす薬品に漬け込む
・できた溝にインクを詰める
・手回しのプレス機で紙へ転写する
・・・という超アナログな印刷方法です。
コツコツと、ひとつひとつの過程を踏まないと進まないこの感じ。
自由・激しい・感覚的なアート表現というよりは、
土をならし、種をまき、水をやる
・・・という作物を育てる感覚に似ている気がします。
ここでは、銅版画の技法のひとつ、『エッチング技法』による制作方法を紹介します。
1.銅板の準備
2.下絵の準備と彫り
3.腐蝕
4.インク詰め
5.版画用紙の準備
6.プレス機で印刷
7.まとめ
エッチング技法とは、
酸による腐蝕を利用して、金属板に溝を作る凹版技法の一種です。
通常「エッチング」と呼ぶときは、ニードルを用いた線画のことで、デッサンと同じように自由に描くことができるのが大きな特徴です。
16世紀初頭にドイツに始まったとされ、17世紀に最盛期を迎えました。
有名な版画家として、デューラー、レンブラント、ジャック・カロなどがいます。
1.銅板の準備
制作に取り掛かる前の工程です。
銅板を彫りやすいように加工します。
1-① 角の研磨
銅板の角を金ヤスリで削り落とします。
1-② 淵の研磨
銅板の淵についている金ヤスリの痕を消します。
1-③ オモテ面磨き
銅板のオモテ面(版面)を磨きます。
このとき、金属磨き用の「ピカール液」を使います。
板に加工するときに付いた細かい傷が完全になくなるまで磨く人もいますが、わたしは顔がはっきり映るくらいまでです。
1-⑤ ウラ面の腐食止め
銅板のウラ側に、「黒ニス」と呼ばれる保護剤を塗ります。
わたしは、黒ニスの代わりに壁紙用のシートを貼っています。
上図で見えているのは、ホームセンターで売っている壁紙用のシート。
表はビニール、裏はシールタイプになっているものです。
方眼の目盛りが付いているので、カッターで簡単に切りはなせます。
これは、後で銅板を漬け込む「腐蝕液」から、銅の表面を保護するために貼ります。
シートは、空気が入らないように銅板とピッタリ貼り合わせます。
実は、エッチング銅版画は、自分で銅の表面を彫ったり、叩いたりして加工しません。
薬品の力で銅を溶かし、インクの入る溝を作っていきます。
「彫る」という言葉で、だいぶイメージを引っ張っていってしまっているのかもしれませんが、実際は少し違います。
そのあたりは、追々明らかになっていきます。
1-⑥ オモテ面の腐蝕止め
オモテ面に、刷毛や平筆(ひらふで)で「グランド液」を塗っていきます。
グランド液にも、銅板を腐蝕から守る役割があります。
このグランド液が乾いたら、いよいよ銅の表面からグランドをはがすように針先でひっかいて絵を描く工程が待っています。
針を滑らかに銅板の表面を動かせるように、塗り残しや塗りムラがないように気をつけます。
1-⑦ グランド液の乾き待ち
グランド液は薄く塗っても、乾くのに20分以上かかります。
その間に使っていた道具を片づけておきます。
特に、グランドを塗るときに使った刷毛や平筆は、そのままにしないで直ぐに洗いましょう。
放ったまま忘れると、カッチコチになります。
学生の頃、洗い方が雑で筆を固めてしまい、次の制作で困ったことがありました。
1-⑧ オモテ面の煤付け
グランド液が完全に乾いたら銅のオモテ面へ、専用の蝋燭(ろうそく)を使って煤付けをします。
煤(すす)が多く出やすい蝋燭「ワックステーパー」を使います。
銅板の端か、または描く線が入らない部分をペンチなどではさんで、目元の位置まで腕を上げます。
溶けだした蝋が、銅の表面や持ち手にかからないように、ゆっくり炎の先を動かして煤をつけていきます。
(この工程から、写真の銅板が四角に変わってしまいましたがお許しを)
なぜ煤付けをするのか。
これから銅板へ転写する下絵の線をわかりやすくするため、と教わった…ような(うろおぼえ)。
他には、グランド液は温めるとより銅板へしっかり定着するので、炎で程よく銅板を温める…とか。
気を付けてほしいのは、銅は熱が伝りやすいということです。
一か所をずっと温めてしまい、裏に貼ったビニールシートが沸騰して剥がれた事例を見たことがあります。
とにかく火の扱いは注意です。
ワックステーパーで煤付けをしなくても、グランド液が塗ってあればニードルで彫っていくことはできます。
個人的な感想ですが、ニードルで彫っている時、煤付けをした銅板の方が針の進み具合がなめらかな気がします。
2.下絵の準備と彫り
2-① 紙に下絵を描く
ここでは、下絵としてトンボを描きました。
2-② 下絵をトレーシングペーパーに書き写す
「トレーシングペーパー」に下絵を色付きボールペンで書き写します。
2-③ 下絵を銅板へ転写
まず、トレーシングペーパーをオモテにして、下絵の上から鉛筆で塗ります。
カーボン紙があれば楽なのですが、今回は銅板の面積も小さいので8Bの鉛筆で代用しました。
個人的に、カーボン紙のしっとりした感じが銅板の転写には強すぎると思っているからです。
ここからは、少し繊細な作業です。
トレーシングペーパーを裏返して、銅板の上に重ね合わせます。
(鉛筆で塗った面と、銅板が重なるように)
下絵に沿って鉛筆でなぞっていきます。
全部転写しようとすると疲れちゃうので、後から彫るときに目印となるメインの線のみを写します。
銅の表面は、ふとした接触でグランド液がはがれてしまいます。
指の爪の先や、紙の角が当たっても剥がれちゃいます。
下絵を写すときも、ほどよいチカラ加減でなぞっていきます。
筆圧の強い人は、下絵の転写ですでに銅板を彫ってしまうことになります。
わたしは筆圧が強いので、2~3Hの硬い鉛筆でなぞるようにしています。
2-④ ニードルで彫る
ようやく「ニードル(鉄筆)」の出番です。
ニードルで、転写された線に沿って彫ります。
彫るといっても、筆圧と同じくらいの力でグランド液を剥がす程度の力で充分です。
転写されていない線は、下絵を見ながら書き足していく。
3.腐蝕
3-① 腐蝕液に漬ける
銅版画のエッチング技法において、この過程が一番神経を使うかもしれません。
ニードルで彫って描き、銅部分をむき出しにした銅板を「腐蝕液(ふしょくえき)」に漬けます。
漬け込む時間は季節や室温によって違うので、初めは技法書に沿ってテストしてもよいでしょう。
一度腐蝕された部分は、溶けてしまうので修復は難しいです。
お恥ずかしい話ですが、わたしは過去に、漬け込み過ぎて銅板を消滅させたことがあります。
それ以降、スマートフォンのアラーム機能は、もっぱら腐蝕用に使っている…。
腐食液は銅を溶かすくらいの強い薬品。
作業場、学校では「換気と、ゴム手袋をするように」と、口を酸っぱく言われてきました。
あと、皮膚に着いたらすぐに洗い流すように。
服についたら、もう、諦めてください…。
腐蝕後、引き上げた銅板は彫り跡がしっかりと溝になっています。
3-② 銅板を洗浄する
銅板を綺麗な水で洗浄します。
3-③ 腐蝕後の銅板の仕上げ
腐蝕液から引きあげた銅板には、まだグランド液が固着したままです。
「リグロイン」という溶剤を使って、やわらかい布で銅の表面をきれいに拭き取ります。
これで、余分なグランド液が取ることができます。
ピカピカになった銅板から、自分の描いた線が現れるとちょっと嬉しい。
銅の板が「版」になったという実感がここで湧いてくるのです。
4.インク詰め
4-① 銅版にインクを詰める
腐蝕されて絵図の線通りに溝ができたところで、いよいよ銅版にインクを詰めます。
銅版を専用の「ウォーマー」の上に置いて、版を温めながら「ゴムベラ」でインクを詰めていきます。
インクの中に入っている油分が温められ、伸びがよくなり扱い易くなります。
ゴムベラを使って、インクを伸ばすようにして溝へ詰めていきます。
溝になっていない、平らな面にも同様にインクを伸ばします。
4-② 余分なインクを拭き取る
せっかくインクを伸ばして詰めたところ、悪いんですが…
今度は余分なインクをすべて拭き取ります。
「寒冷紗(かんれいしゃ)」という目の粗い布で、銅版の表面を優しく滑らせます。
優しく拭う、という優しさの度合いがなんとも説明しにくいですが…
ゴシゴシと汚れを拭くイメージだと、強すぎて詰めたインクも溝から出ていってしまいます。
優しすぎると、単にインクを板の上でモチョモチョ練ってるだけになります。
まるめた寒冷紗は、銅版の設置部分を幾度かキレイな面に変えて使います。
布目でインクをからめ取っていくイメージですね。
だんだんと、寒冷紗にインクに引っかからなくなって版の上を軽く動かせるようになります。
4-③ 仕上げの拭き取り
寒冷紗(かんれいしゃ)でざっくりと余分なインクを取ったら、仕上げ拭きです。
わたしは、「新聞紙」で拭くようにしています。
人によっては、使わなくなった時刻表などの薄い紙を使うようです。
仕上げ拭きは、「余分なインクと、版に残っているインクの油分を拭うこと」を目的とします。
油分が残ったままだと、拭き跡がそのまま印刷にでてしまいます。
拭き跡をあえて残すという人もいるし、溝以外の跡、拭き跡、傷跡なんて許さない人もいます。
ま、それはそれとして…
ここでは、描いたトンボの線をちゃんと印刷することを目標に拭きます。
新聞紙の次は、もっと油分をふき取ることのできる「キュプラ」(人口絹。服の裏地などに使われている)
で拭き取ります。
新聞紙で留める人もいれば、専用のパウダーを使い自分の脂を取った状態の手で、版の表面についたインクの油分を取り去る人もいます。
わたしは今回、キュプラで仕上げ拭きの最後とします。
仕上げの拭き取りは、溝以外の部分についたインクがなくなるまでやります。
5.版画用紙の準備
いよいよ、最後の印刷ですが、その半日前にやっておきたいことがあります。
それは、版画用紙をカットし、水に浸しておくこと。
普段見慣れている紙より、厚手でふかふかな版画用紙。
水に漬けて、柔らかくしてから使います。
プレス機にかけたとき、銅版の溝へ紙の繊維がギュッと入り込んで、インクをしっかりからめとっていくようにするためです。
6.プレス機で印刷
いよいよプレス機で印刷です。
6-① 銅版をセット
プレス機の天板にホコリやインク汚れがないか確かめてから、インクの詰まった面を上にして銅版を設置します。
6-② 版画用紙をセット
銅版の上に、程よく水気を切った版画用紙をかぶせます。
このとき、銅版が用紙の中央に来るようにします。
(版画用紙の余分な水気は、吸い取り紙に挟んで取っておきます。)
版画用紙の上に、プレス機のフェルトを被せます。
6-③ プレス機のハンドルを回す
プレス機のハンドルを一定の速度で回します。
焦らずにゆっくりと。
プレス機のローラーを銅版が完全に通過するまで回します。
フェルトをめくると、ぷっくりと版の厚さに盛り上がった紙が現れます。
ここまで実に長かったわけですが…
刷り上がるこの瞬間のドキドキが好きです。
フェルトをはがします。
銅版から紙をそっとはがします。
刷り上がりは、紙がまだ湿った状態。
なんだか、生まれたての生き物のようです。
上の写真を見ると、トンボの絵以外の余白や辺などにちょっと青い部分がみえます。
銅版画の辺(プレートマークという)はお国柄というか、作家の気質というか
「絶対にインクをつけてはならない」
という気迫のこもったものもあります。
美術館で銅版画作品があったら、そのあたり見てみると面白いかも。
6-④ 作品の乾燥
湿った状態の版画用紙をそのままにしておくと、ベコベコと波打ってしまいます。
すぐに板の上において、四辺をセロハンテープで留めます。
版画用紙は乾く時に縮もうとする力がけっこう強いので、しっかり留めます。
あとは、平らで風通しのよいところで乾燥させます。
6-⑤ サインをいれて額装
乾いたら作品の下へ左側から、「エディション、タイトル、名前」を鉛筆で書き入れて完成。
なぜ鉛筆なのか…
インクペンだと、経年劣化で滲んだり褪せたりして版画の出来を損ねてしまうからと教わった、ような。
(うろおぼえなのに、鉛筆以外を使わないのは割と重要なことだったのかもしれません。)
サインを入れるときは、ちょっと緊張。
6-⑥ 額装
最後に、額に入れると「ちょっとウフフな気分」になります。
気に入った額を選ぶのも楽しみです。
7.まとめ
以上、銅版画の制作工程をまとめてみました。
制作というか、作業というか…
「コツコツ」としか言い表せないもの。
こんな世界があるんだな、と思っていただければ嬉しいです。
作ってみることだけでなく、鑑賞して楽しむこともしていただければ、なおさら嬉しいです。
他の絵画では味わえない版画の世界を、ぜひ楽しんでください。
【追記】
「作者が品質に責任を持ち、枚数を管理できる範囲で印刷したものを版画という」
学生時代、授業で教授から渡されたプリントで印象に残っている一文。
手に入れた画材や、素材のありがたみが、この一文とともに年々心に沁みます。
須藤萌子の銅版画、ドローイング作品を紹介するサイトです。こちらもご覧ください。
『須藤萌子 版画とドローイング』
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