◆【セルフインタビュー】作家が記録 5

2022年2月22日

道しるべは意外にも近くにあった

自分と周りとその間のこと
作家として自覚すること

ー結婚はされているんですか?

ーはい。
この質問は、最近10年くらいの間に、「どこの美大出身か?」と同じくらい聞かれました。
存命作家とはいえ、初めて出会った人にこれを聞くの、独特だなあと思います。

ー出身は教育大で、学芸員実習も履修している。そのまま「専門職」を続けるという考えは無かったですか?

ー勤め先を離れたり変えたりするたびに、美術に関わる仕事を離れるなんて…と「申し訳ない」と感じていました。
教えることも、展示・企画に関わることも好きですし、やりがいも感じていました。
でも、そのうち自分の制作との間に決定的な溝が見え始めました。

そんな風に悶々と考え込んでいた自分へ、ここ数年で出会った何人かから、ほぼ同じことを言われたんです。
「やりたいことがある、それがわかっている人間は少ない。あるなら(それを)やるべきだ。」と。
言った人はそれぞれ、コレクター、作家、そしてパートナーでした。

ー言った相手を無責任だと思いませんでしたか?食えるかどうかもわからないのに?

ーそそのかされた、とは思っていません。
言ったのだから作品を買ってほしい、とか、ずっと見守ってほしいとも思わなかったです。
とにかく制作する希望というか、勇気が湧いたんです。
それから、見えない誰かに「申し訳ない」と思うことをやめました。
これは、自分にとって相当救われた出来事だったのです。

最近は、結婚云々含めて、人として戸惑う質問をする方はだんだん減ってきました。
たぶんそれは、自分も、質問する人も、お互いが作品に対して「ちょうどいい距離感を得た」からでしょう。

視界が明るく、ひらいていく。

最近は、版と紙の「あいだ」のことを考えている

ー教育美術や博物館の美術品に触れる機会があったわけですが、自分の作風に影響はありましたか?

ー興味の湧くモチーフが増えた、などはあります。
作風の変化は、もっと作らないと見えてこない、と思っています。

わたしたちは、色々な影響を受けて生活しています。
良くも、悪くも、常に影響を受けています。
影響を受けて生きていく上で、「制作」は、私自身がいま何を思い、どこへ向かおうとしているのかを考えるための装置です。

自分の作品の事を考える時間が以前より増え、より誠実に「制作」と向き合えるようになりました。
「制作」する上で、扱う道具や素材に対して興味を持ち、尊敬する気持ちが強くなりました。
それが1番の変化なのかもしれません。

作品が生まれる瞬間。アトリエにて。

ー版画という古典的ともいえるスタイルで制作を続けていく意味をどう感じていますか?

ー古典的技法とおっしゃいましたが、こんにち、なおその技法で制作、鑑賞し、版画制作を志す人が居るのは、何か魅力を感じているからだと思うんです。
時代と共に技法が変わる速さは驚異的で、プレス機を手回し、1枚ずつ版画を刷る行為は、心もとなく見えますよね。
制作している中で思うのですが、なんでもできるようで、まるでできないという歯がゆさ、自分の手で作品を生み出す瞬間を確かめることができるのは、幸せなこと。
そして、とても意味のあることだと思っています。

ー版画の魅力は何ですか?

ー魅力の一つに、その汎用性にあると思います。
かつて、西洋からもたらされた「印刷技術」。
金工職人の文様記録や聖書をはじめとした情報伝達のツールとして、多くの人の手に渡り、目に触れる機会を作ってきました。
静岡では、お茶を海外へ輸出する際に、茶箱と呼ばれる木の箱に木版で刷られたラベルを貼っていました。
当時は、港へ版画の職人たちが集まってきたそうです。
なので、版画については、比較的身近な存在として認められているように思います。

ー銅版画も、あなたも広く存在を認められるといいですね。
ーそうですね。
いつか認められるよう、これからも制作を続けていきます。


《 完 》

◇版画に興味のある方はこちら
版画芸術no.190(2020冬)―見て・買って・作って・アートを楽しむ

◇制作を続けるうえで、読むと勇気が湧いてきた1冊
トーベ・ヤンソン・コレクション 7 フェアプレイ

作品ウェブサイト

須藤萌子の銅版画、ドローイング作品を紹介するサイトです。こちらもご覧ください。
『須藤萌子 版画とドローイング』