◆版画用紙「アルシュ紙」 オモテとウラの見分け方
紙のオモテとウラに悩む日…ふたたび
以前、銅版画家として、普段から接している紙の「表と裏の見分け方」について、自分の体験を交えながら解説した。
今回は、わたしにとって最高級の紙で難敵の1枚、『ARCHE(アルシュ)紙』である。
前回のおさらい
その前に、前回のおさらいをしてみる。
紙には表面と裏面がある。
この場合の「表」とは、
版画の線表現やインクの色を、最適な状態で転写できる面
ということ。
以前、版画用紙『ハーネミューレ』の表と裏の見分けかたを調べた話を書いたことがある。
◇紙のオモテとウラを気にするきっかけになった記事
◆版画用紙「ハーネミューレ紙」 表と裏との闘い
版画用紙の端には、会社の紋様だったり、社名などが
ウォーターマーク(透かし)や
エンボス(凹み)
として加工されている。
透かしや凹みの印を頼りにしながら、素直に表面へ版を印刷すればいい。
さらに、カットされていない大きなサイズで紙を購入した時は、
「ディッケルエッジ」(紙の端辺に残る、製紙型の跡。紙の耳部分)
などから判断できる。
しかし…である。
版の大きさや、作品に必要な余白に合わせて、版画用紙をカットすることがある。
切り離されれば当然、頼りにしていた「透かしの印や耳部分がない紙」ができあがる。
紋様のウォーターマーク(透かし)もない。
社名のエンボス(凹み)もない。
紙の耳(製紙型の跡)もない。
紙の向きをそろえて重ねたか記憶にない(個人の問題です)。
こちらの視力、指先の感覚の衰え等…。
結局は、制作主の個人的な要因の方がはるかに大きいのですが、
天気の良い日、ルーペも使いつつ調べてみました。
見分け方の決め手は「紙の目」
結論として、アルシュ紙の表と裏を見分ける決めては、
「紙の目」を見る
でした。
紙の目とは、版画用紙が製紙工場でつくられたときの繊維の加工跡で、布の地模様のようなもの。
紙の耳には、その跡が顕著にあらわれる。
アルシュ紙とは
『アルシュ』は、フランスのアルシュ社が生んだ高級紙。
製紙会社が合併した今でも、その名前が残っている。
長い歴史のなかで、多くの画家たちに愛用され続けてきた。
版画だけでなく、水彩、製本、など様々な印刷物に使われており、その耐久性の高さ、質を守り続ける姿勢はフランス文化省のお墨付き。
私の手元にあるアルシュ紙はこちら。
白い紙で、紋様の透かしが入っているもの。
文字の透かしが「ARCHES88 ∞」と正しく読める面がオモテ。
「∞」インフニティのマークが、社の誇りを感じさせる。
そして、なぜ「88」なのかはわからない。
ARCHES社の扱う紙のなかで版画に適しているのが「ARCHES88」なのかも。
ホームページに行くとARCHESの名前が入っている製品が、使用画材や技法別にいくつか紹介されていた。
アルシュ紙をルーペで拡大
表と裏は、地模様が違うから見ればわかる…はず。
晴れた日の午前中、恒例?のルーペで紙の目を見てみる。
〈表〉
〈裏〉
この滑らかさよ…ごめん、見分けがつかない。
表面も裏面も、どちらもすべすべでフカフカ。
ハッキリ言って、透かし模様を切り取られたら、私はもうわからない。
紙の耳を見る
「ディッケルエッジ」というのは聞きなれない言葉だ。
ディッケル(またはデッケル)は製造金型のことで、紙を作った際に端辺に残る、製紙型の跡のこと。
「耳」と呼ばれることが多い、かな。
今回、カットしていないアルシュ紙が手もとにあったので、この紙の「耳」の画像も撮ってみた。
〈表〉
画面右の、紙端が真っすぐになっていない波型の様子が耳部分。
パンの耳みたいに、同じ素材だけど加工の跡がついて見た目が変わるこの感じ。
〈裏〉
このアルシュ紙の場合、裏側のほうが、金型の圧着跡がはっきり見えた。
すべての作家がそうとは限らないと思うが、この「耳部分」が大好物の人たち、結構多いのでは。
印刷した時、
作家の版が美しく仕上がるように、
紙の表面にノイズが入らないように、
という配慮の痕跡のようで、かっこいいと思う。
「地模様」が、わたしにはこう見えた
個人的にこう見えたという表現で、アルシュ紙の繊維の地模様をかいてみた。
とってもわざとらしく。
〈表〉
〈裏〉
ルーペを通してしばらく見ていると、きめ細やかな両面のうち、裏面は平べったい斑雲(まだらぐも)のような模様が見えた。
製紙の際のプレス跡なのかもしれない。
アルデバラン紙でも見分けが難しかったが、今回も同じくらい難しかった。
使ってみてどうなの?
実際に使ってみた感想。
アルシュ紙を水に浸すとき、「シュワ!」と天麩羅のような静かな音がする。
ひきあげると、紙がたっぷり水を吸って重くなっているのがはっきりとわかる。
水の吸収力がとても強い。
印刷の際は、その強度に加え、作品の凹凸を余すことなく拾いあげてくれる。
まだ紙の扱いがつたなかった頃の失敗談がある。
紙の潤いが多すぎたため乾燥用の木板が湿りすぎ、紙に板の染みが付いてしまった。
大事な作品をボツにしてしまった。
アルシュ紙の場合は、吸い取り紙で余分な水気をしっかりとっておくことが大事。
更に、乾燥させる道具や、環境も整えておきたい。
まとめ
以上が、アルシュ紙の裏と表の見分け方について。
ポイントは、「紙の目」を見ること。
ここでは、自分の感覚を基に説明したが、実際に使う人が自分自身で見て、触ってみることが重要。
アルシュ紙以外の版画用紙については、
『版画用紙のオモテとウラ 分かりやすい見分け方教えます』
をご覧ください。
須藤萌子の銅版画、ドローイング作品を紹介するサイトです。こちらもご覧ください。
『須藤萌子 版画とドローイング』
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