◆版画用紙「ハーネミューレ紙」 表と裏との闘い
「表と裏」を意識した日のこと
![書道用具](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2021/01/syodo.jpg?resize=447%2C296&ssl=1)
紙に、表と裏があると意識したのはいつからだろう。
おそらく小学生時代、書道の授業時間だったと思う。
先生が、白い色の練習用の紙と、生成り色の本番用紙を生徒たちにわけていく。
〈先生〉「最初は白い紙から使います。触ってみて、つるつるしたほうがオモテです。」
教室に、紙の表面を触る音が広がる。
〈先生〉「この茶色い方の紙は、触ってみて、ザラザラしたほうがオモテです。」
再び紙を触る音が広がる。
なんで紙の色が違うんだろう?
なんで紙によって表と裏の手触りが違うのだろう?
まずは練習用の白い紙に筆を乗せる。
筆のスベリ心地はいい。
だけど、表面上で墨汁がたまって乾くと、引っぱられる感じがする。
続いて、生成り色の本番用紙に筆を乗せる。
その瞬間
「 お⁉ 」
と、なった。
なんか、「ホンバンヨウシ」はいい感じ。
墨汁が紙へゆっくり滲みていく。
筆を運ぶのに合わせてサリサリとする。
とても気持ちいい。
なんで「ホンバンヨウシ」といういい感じになれる紙を、先生は少ししか分けないんだろう。
後から考えれば、本番用紙というのは「ちょっとイイヤツ=高価」であったわけである。
一度の授業に5枚も6枚も使って書くようなものではない。
学校教材と予算は密接な関係にあるのだ。
そして悲しい余談だが、私の場合、素材泣かせであった。
たいてい、白い練習用紙に書いた字の方ができが良かったのである。
紙の表と裏、そして己の集中力のピークが垣間見える授業であった。
「紙の向き」を意識したきっかけ
![包装紙](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2021/01/present.jpg?resize=460%2C306&ssl=1)
「紙の向き」って何だろう、と意識したのは祖母がきっかけである。
お菓子や、いただきものの包装紙を、祖母は選別して貯めていた。
本や楽譜のカバーにしたり、何かをちょっと包むときに再利用するのだ。
再利用するために紙を綺麗にしつらえることがあった。
そのときの難所は、セロファンテープの跡だった。
祖母は実にきれいにテープを剥がしていく。
そして、横で手伝う孫は、見よう見まねで…包装紙を破いていくのである。
ビ、ビ、ビリ、ビビビ・・・・
わたしが剥がすと、破れてしまう。
包装紙の柄に、無慈悲に芝刈り機が突っ込んだみたいな白いハゲができる。
〈祖母〉「紙の向きにあわせて剥がさないとダメね。たいていは。」
〈わたし〉「カミノムキ…?」
「カミノムキ」って何?紙は紙じゃないか。
オモテとウラ以外に、紙にはまだ何かあるのか。
鼻と尻尾があるわけじゃなし、前と後ろなんて見えないよ。
祖母が、粘着部分を息や手で少し温めて剥がしながら
「まあ、包んでテープを貼った人の癖にもよるわね。」
の一言で、もう私の手には負えぬ、と紙の向きの話は闇に葬られた。
その後、紙に向きがあるようだ、と本格的に意識しだしたのは銅版画を始めるようになってからである。
版画用紙を選ぶ
![版画用プレス機](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2021/01/puresuki-1.jpg?resize=261%2C459&ssl=1)
「銅版画用の紙」というものがある。
厚手で、水に強く、プレス機の圧にも耐えることのできる紙である。
日本製、ドイツ製、フランス製など、様々なメーカーの製品が昔からある。
歴代の巨匠たちも愛用してきたのだろうと思う。
時を経て今、同じメーカーの製品を私が使っているというのは不思議な気持ちだ。
最終的に印刷できれば、どのメーカーの製品でもよいのであるが、いくつかの種類を試すうち、自分の版画制作にとって
印刷しやすい
保管しやすい
気分がいい
など、作家や画材との相性を満たすものを自分なりに探したくなってくる。
そして、たいてい用紙には「表と裏」「紙の向き」がある。
紙の向きについては、紙の繊維にそって切りやすい方へ逆らわずにいけばなんとかなる。
しかし、とある版画用紙の表と裏に、わたしは悩まされたのである。
その紙の名は、「ハーネミューレ」
版画用紙を作っている製紙メーカーの一つに、ハーネミューレ社がある。
Hahnemühle(ハーネミューレ)
ドイツ、ダッセルにて1584年に設立したその製紙工場は、420年以上の歴史がある。
設立から苦難を重ね、幾度の売却・合併の折にも、その名が消えなかったのはすごいと思う。
歴史の話はそこそこに…
わたしの中で突如「ハーネミューレ紙の表裏どちら?問題」が湧いたのである。
とても個人的なことだが、ハーネミューレは表と裏の判断がつきづらかった。
他の紙の表裏はなんとなくわかる。
製紙した跡(セーターの網目のような模様)が、よくみれば表と裏でちょっと違う。
一番良いのは、素直に「ウォーターマーク」を見ることだ。
![ハーネミューレの版画用紙 文字の透かし](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2021/01/HahneMUhLE02.jpg?resize=576%2C289&ssl=1)
「ウォーターマーク」とは、日本で言うと「透かし紋様」と言いかえられるのだろうか。
製紙メーカーの名や紋章が、お札の透かしみたいに入っている。
ちなみに、ハーネミューレは、社名と紋章(楯を持った雄鶏のマーク)が紙の端にある。
![ハーネミューレ 雄鶏の紋章](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2021/01/HahneMUhLE01.jpg?resize=296%2C401&ssl=1)
表と裏との戦い
ある日、紙を切り離した後、社名の透かしがどこにもみあたらない方の紙が、手もとに残ってしまった。
そして安直に、ネットで「ハーネミューレ」「紙」「表」「どちら」で検索してしまったのだ。
すると、出るわ出るわ…表・裏の所説が。
有力なのは、某有名美大の版画技法サイト。
なのであるが、もうひと押し欲しい。
他のサイトでは逆のことを言っているし。
作家によっては自分の使いやすい面を使っているのだから、安易に正誤へ飛びつくのも違う気がする。
「これはわたしの問題、わたしの戦いなのだ。」
質問箱に入れて「そんなことも知らないのか」と、袋叩きに合うのは怖い。
画材店へも、担当の方がいなくてたらい回しにされたらどうしようと妙に先回りしてしまい、問い合わせできない。
そうだ、ハーネミューレ本社か、取り扱い会社に聞こう!
結局、ハーネミューレ社の紙を扱っている会社を調べてメールを送った。
ほどなくして、とても丁寧なメールが返ってきた。
「通常は紙の透かしの文字、紋章が正しく読める側が紙の表です。
ハーネミューレ社の紙も同様で、社の透かしのロゴは雄鶏が左向きとなる面が紙の表となります。」
との内容であった。
これで安堵した。
「戦いは終わったのだ。 雄鶏は左を向いてトキの声を上げた!」
なんて自分は面倒くさい奴だろうか。
けれども、オモテを使おうがウラを使おうが、私自身がここからスタートできるのは大きな違いだ。
丁寧に教えて下さった、株式会社オリオン様ありがとうございました。
シグナスやデネブ、シリウスなど、いくつか星の名を冠した画用紙を製造しているオリオンさんには、いつもロマンを感じている。
ハーネミューレ以外の版画用紙については、
『版画用紙のオモテとウラ 分かりやすい見分け方教えます』
をご覧ください。
株式会社オリオンさんについて
https://www.k-orion.co.jp/
1983年創業の画材用紙メーカー。
代表的製品は、ワーグマン水彩紙。
版画用紙ではドイツ最高級洋紙ハーネミューレ社の製品を扱っています。
※わたしはこちらの日本製版画用紙アルデバランも使っています。これも星の名前。
須藤萌子の銅版画、ドローイング作品、ワークショップイベントを紹介するサイトです。
こちらもご覧ください。
https://sudohoko2016.wixsite.com/sudohoko
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