◆師匠との3年間 その2「気が楽になった話」

2022年2月11日

気が楽になった話

聞かれたことに答えられない

「どう思う?」と、聞かれて素直に答えられないときがある。

間違っていたり、相手の気分を損ねたりすると恥ずかしいし、取り繕うのが、また面倒くさい。

師匠との会話で最初一番苦しかったのが
聞かれたことに全く答えられなかったこと。

仕事のはなしや、美術のはなし。
簡単な日常生活内のことも。
正解を求められているわけでもない。
考えや思いを話したところで非難されるわけでもない。

それでも。

そのころ私は、
「どう思う?」と聞かれて
「わたしは、こう思う」という簡単な会話ができなくなっていた。
学生のころは、あけっぴろげに喋っていたのに。
講師時代は、あんなにずけずけ喋っていたのに。

考えすぎてしまう地獄

わからないって言ってもいい

毎度毎度、困っていると
〈師匠〉「全部返す必要はない。わからないって言ってもいいんだよ。」
と、言った。
たぶん、もっとスパッとした言い方だったと思う。
〈師匠〉「わからないって言うやつが一番強いんや。」
と、いう言い方の方が、限りなく近い気がする。

えー。
わからないって、言っていいんだ?

目上の人に「わからないです」って言いにくいんですけど。
相手の話をぶった切るみたいできまりが悪いし。
モゴモゴ…

〈師匠〉「んなもん、大丈夫。「今は」分からないです。って言えばいいんよ。」
〈わたし〉「はぁ…(先延ばしってこと?)」
〈師匠〉「相手の聞き方とかもあるけど。」
〈わたし〉「(それが…わからないから…怖いんですが。)」

振り返ると、
知りたいことや、決めたいことを聞いてくる場面で、誠意のある人は、どんな答えでも相手の話をきちんと聞いてくれる耳を持っている。

知りたい、教えてほしいという気持ちで言う「分からないです」は、聞きたくない、興味がない「分からないです」とは違うこと。

だから怖がらなくていいということ。

取り繕いたくて
「知ってます。こういうことですよね?」
と、返して、相手を苦笑いさせていた場面は多かったと思う。
(たぶん、全然「こういうこと」じゃなかった。)

あの時より、ずっと会話が楽になる。
そして、たくさん知ることができて楽しい。

作品ウェブサイト

須藤萌子の銅版画、ドローイング作品、ワークショップイベントを紹介するサイトです。
こちらもご覧ください。
https://sudohoko2016.wixsite.com/sudohoko