◆須藤萌子の銅版画解説 『羽化の部屋』 オンライン常設展『Square』にて展示中
![『羽化の部屋』](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2022/05/uka01.jpg?resize=296%2C297&ssl=1)
版画は自分を写すもの
どんなにこちらが熱くなっても、銅版画は”冷たい”。
刷り上がりは、いつも淡々としている。
左右反転して現れる表現の跡は、その時の自分のコンディションそのものだ。
「人が刷るわけだから、一点一点違ってもいいんですよね。」
と言われ、答えに困ってしまったことがある。
自分の刷りの技術の未熟さを、指摘されたと思ったからだ。
もちろん発言した方に他意はない。
終始穏やかな歓談のなかで受けた純粋な問いかけに過ぎない。
刷り工程を経て、エディション(版)ナンバーをつける版画において
「みんな違っていて、みんな良い」
は、ありえないと個人的に思う。
人間がすることだから誤差が愛おしい、といってしまうのはたやすい。
だが、
「どれだけよいコンディションのものを、同じように何枚も残せるか」
が、版画の良いところだと思う。
摺師の職人気質
版画には、いまでも刷りだけを専門になりわいとする「摺師(すりし)」がいる。
摺師は当然、刷ることにおいてプロフェッショナル。
なので、原版を作った作家本人よりも、はるかに良い刷りができる。
が、それはしない、と聞いたことがある。
手を抜いたり、技術を見せつけるのではない。
版や、作家本人の意図を組んで、どれだけ同じ出来で再現できるのかを第一に考える。
そんな摺師の持つ職人気質に、私はあこがれている。
自分は、摺師に頼むほど、大成も爆売れもしておらず、現在すべての工程に携わっている。
こんなレトロな技法で、手回しのプレス機で一枚一枚印刷していて何になる、
と、今問われればなんと答えようか。
今日の世界や、行きずりの人の考え方は変わっても、私の気持ちが揺らいでも、先人たちの残してきたこの技法は変わらない。
それぞれの画材が、道具が、使いどころを示してくれる。
良いものを作ろう、一枚目も、五十枚目も。
そう思えるうちは、不意の言葉に迷いなどしない…
…はずだ。
『羽化の部屋』とは
![](https://i0.wp.com/sudohoko.com/wp-content/uploads/2022/05/uka02.jpg?resize=344%2C320&ssl=1)
『羽化の部屋』は2013年の制作。
包まれている殻の中、何かが横たわっている。
「羽化」は、
昆虫が自然の中で木の枝や葉にしがみつきおこなうもの。
「部屋」
と続くからには
どうやらこの虫は
籠や、ガラスケースに入れられて観察されている
…のかもしれない。
あるいは、
その箱の持ち主によって、どこかの部屋に置いてあるのかも。
「羽化」
という神秘的な変容に、
その部屋は充分な役目を果たしているのだろうか。
天井は高く、
床は清潔で広く、
壁には柔らかい羽根を傷つけるようなものがないだろうか。
抽象的な画面から、自分で物語をつくりあげてタイトルにする方法は、これ以前から始めている。
でも改めて見直すと、そのときの自分が、頭で思いつく精一杯綺麗な言葉を当てはめているような幼さも感じる。
作品の購入は以下のサイトから
オンライン常設展「Square」 『羽化の部屋』
須藤萌子の銅版画、ドローイング作品を紹介するサイトです。こちらもご覧ください。
『須藤萌子 版画とドローイング』
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