◆銅版画『雁皮刷り技法』の制作工程を紹介
以前、銅版画技法のひとつである「エッチング技法」についてブログに書きました。
◇エッチング技法と、印刷の工程を記録した過去の記事はこちら
銅版画の作り方 エッチング技法の制作工程を紹介
今回は「雁皮刷りーがんぴずりー」に挑戦してみましたので、その制作工程を解説します。
雁皮紙そのものは、ティッシュよりも薄いので、直に刷ることはできません。
版画用紙に、雁皮紙を貼り合わせつつ刷りあげる、という技法が「雁皮刷り」です。
いままで使用した版画用紙のどれもが、その紙の特徴を生かしながら、
こちらの作品の凹凸表現を、じゅうぶんに刷りあげてくれるものでした。
しかし、雁皮紙を使えば、更に隅々まで版の凹凸を拾い上げてくれます。
さっそく説明していきます。
1.紙の準備
2.接着液の準備
3.版の準備
4.雁皮紙を版にあわせる
5.接着液を塗る
6.プレス機で印刷
7.失敗例
8.まとめ
雁皮紙(がんぴし)とは
『雁皮紙』は、ジンチョウゲ科・ガンピという植物を原料にして作られる紙。
「和紙の王」と呼ばれるほどの美しい風合いと、「日本の羊皮紙」と例えられるほど、
丈夫で保存性の高さをあわせ持つ高級紙である。
版画に限らず、書画、お札、古書のほか、修復などに使われている。
繊細な紙であるが、版に施された凹凸表現を余すところなく刷りあげることができる。
今日まで、多くの芸術家たちに愛用され続けている紙である。
有名な生産地は、越前(福井)・加賀(石川)・名塩(兵庫)
1.紙の準備
制作に取りかかる前の工程です。
雁皮刷りは、取りかかる前の準備にかかっているとも言えます。
銅版のサイズに合わせて雁皮紙をカットします。
2.接着液の準備
雁皮刷りの時に「糊-のり-」と呼ばれる接着液をつくります。
わたしは作業場の都合上、版にインクを詰める工程の前に作りました。
接着液の材料
・ヤマトのり
・木工用ボンド
・水
接着の道具
・小皿
・柔らかい布
・刷毛1(接着液用)
・刷毛2(空気抜き用)
接着液は、ヤマト糊・ボンド・水を混ぜてつくります。
刷毛1に接着液をひたして、皿の上で持ち上げてみて液の雫が早く落ちていくなら薄い、
一滴々落ちていく間の時間が、もったりしているなら濃い…と判断しました。
少し濃いくらいの方が調節が効きやすかったです。
溶いた糊の濃度が薄いと、刷り上げたときに雁皮紙が版画用紙に密着できずにはがれてしまいます。
反対に溶いた糊が濃いと、今度は雁皮紙が版から離れづらくなってしまう。
実際に試しながら、版にあった濃度の接着液をつくっていきます。
3.版の準備
刷りたい版にインクを詰め、印刷できる状態にしておきます。
(これは、エッチング技法のときのインク詰めと同じ)
◇インク詰めの工程は、こちらにまとめてあります。
銅版画の作り方 エッチング技法の制作工程を紹介
4.雁皮紙を版にあわせる
いよいよ、雁皮紙を版にセットしていきます。
④‐1 版の上に水をのせる
本来の技法ですと、
水を張ったバットの底へまず銅版を沈め、
次に雁皮紙を水面へ浮かべ、
雁皮紙が沈まないようにしながら底に沈めた銅板をゆっくりと手で持ち上げて、
浮かべていた雁皮紙をすくいあげながら密着させる、、、
という、緊張の連続が予想される高度な手順を踏みます。
版と雁皮紙の間に気泡が入らないようにという、理にかなっている工程ですが、
おそらく、雁皮刷り技法が初心者に敬遠されるのはここではないでしょうか。
なんせ高価な雁皮紙が版の上でズレたり、折れたりしたら、やり直しなわけですから。
わたしは、いくつかの信頼できるサイトを見て、霧吹きを使って版を湿らせる方法を選びました。
まず、インクを詰め終えた版に霧吹きで水を吹きかけて、
版の表面にまんべんなく水が乗っている状態にします。
④‐2 雁皮紙を湿らせた版の上へあわせる
版の上へ、雁皮紙をそっと乗せていきます。
雁皮紙の表(ツルツルした)面を版面へ密着させます。
雁皮紙の裏(ザラザラした)面は作業中に自分から見える方に向けてください。
雁皮紙を乗せ終えたら、また上から霧吹きで水をかけ、さらに紙と版を密着させます。
乾いた部分が無いようにしておきましょう。
④‐3 気泡を逃がしていく
刷毛2を使って、版と雁皮紙の間に入り込んでしまった気泡や、余分な水を出していきます。
版の中心から外に向かって、放射線状に刷毛を動かします。
刷毛でなでる力が強いと、密着している雁皮紙が版からズレます。
なでる方向を気にせず、そのまま刷毛を往復させると雁皮紙が折れたり、ヨレたりします。
5.接着液を塗る
作っておいた接着液(ヤマト糊とボンドと水を溶いたもの)を塗っていきます。
塗るというより、刷毛1にひたした接着液をそっと置いていく感じです。
こちらも、版の中心から外側へ放射線状に刷毛1を動かしていきます。
作業中に見えている雁皮紙の面はザラザラしているので、接着液をふくませることができ、
刷り上げるときに版画用紙へぴったりと接着させることができます。
刷毛にひたす接着液が少なめだと、毛先で紙をひっかいてしまいヨレの原因になります。
気を使うポイントが多めですが、工程はあと少しです。
接着液をのせたあとは、版の表面やふちをよく確認して、溜まっている接着液や水があるなら取り除きます。
接着液をふき取った刷毛1や、柔らかい布を固くまるめたもので、そっと版の上をポンポンと押さえて吸い取っていきます。
6.印刷
プレス機に、雁皮紙と接着液をあわせた原版をセットし、その上に版画用紙をのせ、刷りあげます。
◇刷りの工程は、こちらにまとめてあります。
銅版画の作り方 エッチング技法の制作工程を紹介
刷り上がると、版の画面の中に版画用紙とは異なるトーンの色が付いているのが分かります。
7.失敗例
失敗① 気泡が入ってしまった
版と雁皮紙を密着させる際に、気泡が入ってしまった状態で作業を進めてしまいました。
その結果、すべてが写し取られてしまいました。
黒いインクを詰めた溝の中に、小さな白い粒がぽつぽつ見えるのが空気です。
ドライポイントで彫った線に、白くかすれて途切れたたような部分が見えます。
失敗② アクアウォッシュタイプの版画インクを使用した
銅版画用インクに「AQUA WASH アクアウォッシュ」があります。
普通に版画を刷るなら、油性の版画用インクと変わらない表現ができます。
作業後の手洗いが楽という画期的なインクなのです。
雁皮紙でやったらどうなるのか、(よせばいいのに)やってしまった。
アクアウォッシュ表示のインクを使った結果は、
雁皮紙にインクが染みだして来るので使用には適さない、でした。
(そりゃそうだよ。アクアって書いてあるじゃない。)
そもそも雁皮刷りは、
水と相性の反する油性の銅版画用インクと、
水の中に入れても変形しない銅版を、
水と相性のいい雁皮紙と糊を使って
版画用紙に印刷する技法なのだから。
8.まとめ
今回、雁皮刷りに挑戦しましたが
「楽しい!」
の一言に尽きます。
ふつうに銅版画を刷り上げるよりも、制作工程が増えますし、雁皮紙の扱いは繊細です。
この技法を説明するときに「手間のかかる」、「面倒な」と前置きが付くのも納得できます。
でも、冷静に考えて銅版画制作そのものがすでに多くの工程を必要とするのですから、
いまさらそれに、ひとつかふたつかみっつ手間が増えたところで、なんの問題もないです。
美しい紙に触れたときの高揚感、刷り上げたときの喜びのほうが勝ると思います。
◇使用した雁皮紙についてはこちら
版画用紙としての「雁皮紙」オモテとウラの見分け方
◇今回、雁皮紙を購入したお店(版画用、日本画用、修復用、など使用別に分けて選べる)
・アワガミファクトリー
https://awagami.jp/
◇版画用紙が気になった方はこちら(大判サイズで購入して自分でカットされる方向け)
・萩原市蔵商店(注文はTEL、FAX、メール対応)
https://www.hanga-hagiwara.co.jp/index.html
・株式会社笹部洋画材店
http://www.sasabegazai.co.jp/index.html
・ゆめ画材
https://www.yumegazai.com/
・文房堂 画材屋さんドットコム
http://www.gazaiyasan.com/
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