◆師匠との3年間 その1『あいうえお』
社会的にまるで幼なかったわたしが、なんとか持ち直していく話
慣れない仕事や人間関係に摩耗していくばかりの日々。
久しぶりに会った知人が、私の顔を見るなり、時間を作ってうちへ来いという。
半ば強引に連れていかれ引き合わされたのは、その知人のお父上だった。
わたしを見るなり、
顔色が悪い。
姿勢が悪い。
呼吸が浅い。
と、スパスパ言い放つ。
からかうでもなく、ダメ出しするわけでもない。
私の今の惨状を静かに伝える言い方だった。
ええ。自分でもわかってます。
でも、どうしようもない。
どうしていいかわからない。
今の仕事がとても自分に務まるとは思えないという旨を話した。
(ちょっとイライラしながら)
そんななか、説教でも始まるのかと思いきや、その日は夕飯をご馳走になり帰るだけだった。
なんだか拍子抜けした帰り際、
「朝起きたら声出さなくてもいいから、『あ』から『ん』まであいうえお、大きく口開けていってみ。」
と、言われて帰宅。
なんだったんだ。
顔がミシミシと音を立てる
翌日、朝起きたらさっそく口を動かしてみた。
というのは嘘で、休日なのをいいことに布団の中で昼までダラダラとしてしまっていた。
(でもまあ、次に会ったときに「どうだった?」て聞かれるだろうし。やっておく?)
声に出して、部屋でひとり口を動かしてみる。
あ(ミシ…)
い(ギチッ)
う(ペキ…)
え(ピチ)
お(ゴッ)
おおきく口を動かすたびに顔がミシミシと音を立てる。
喉あたりの皮膚も引っ張られているのがわかる。
「ん」まで言い終わった時、顔中がホカホカしていた。
両手を頬にあてたとき「冷たい!」と自分の指先をみる。
こんなにカサカサしていたっけ。
「とりあえず、ちゃんと起きて顔を洗おう」
頬をさすりながらハンドクリームを探しに、のそのそ動き出す。
「顔の筋肉、固まってたんだなあ」
と、気づいた日だった。
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