◆『誠実な詐欺師』 トーベ・ヤンソン コレクション 2

2021年6月15日

装幀の美しさと、読んだ時の空気感にぎゅっと心をつかまれた

『誠実な詐欺師』 トーベ・ヤンソン
表紙

トーベ・ヤンソンの短編集全8巻の中から、わたしが気になって図書館で借りた順番で紹介する。
今回は、第2巻『誠実な詐欺師』。

図書館の棚に鎮座していたこの短編集。
装幀の美しさと、数ページ開いて読んだ時の空気感にぎゅっと心をつかまれた。
すぐに貸し出しカウンターへ直行した。

装幀の美しさ

まずはエンボス(凹みの加工)のついた、表紙。
紙が好きな人の中には、必ずエンボス好きが一定数居るはずだ、と信じている。

そして、表紙を開く。
すると、見開きの灰色と栞の黄色の組み合わせが目に飛び込んでくる。
なんだか冬っぽい見開き。

こちらの短編集は、全8巻それぞれで異なる色と模様の組み合わせを楽しめちゃう。

灰色と、黄色の組み合わせ

この『誠実な詐欺師』は、花布(はなぎれ)と栞(しおり)が黄色で統一されている。

ページ、栞、表紙をつなげる部分にある花布

隅々まで神経が行き届いた装丁が施されている。

この模様が雪に見えてくるから不思議

作家トーベの出身はヘルシンキ

2月の今頃ってどのくらい寒いのかしら?と、ヘルシンキの気候を調べたら、最低気温がマイナス7℃!
最高気温が…マイナス2℃!となっていた。
どちらも氷点下!

厳しい冬が長い土地のイメージが、この色や模様の組み合わせに表れている気がする。

記憶のなかの「ムーミン一家」

ムーミンの世界は割とドライ?

ムーミンの作家、としてトーベ・ヤンソンはあまりにも有名過ぎるので、
「今さらトーベ・ヤンソン?」
が、頭の中をよぎった。

いまからムーミンを頭の中から追い出すことは不可能に近い。

でも、これを読んだ後は、ムーミン作品の方がちょっと異質な存在に思えてくるから不思議だ。
(まあ、そもそもムーミントロールは妖精に似た生き物で、存在として異質なんだけれども。)

ムーミン一家は感情の起伏があまり激しくない。
家族であろうが友人であろうが、どこかドライだった気がする。
登場人物にも、
ちょっと、どうかと思う。
っていうのが、何人かいた。
…いませんでしたか?

あのちょっと、どうかと思う感じの人や、その人との付き合い方が、めっちゃクール!と思うようになったのは最近のことだ。
ドライとクールは違うのだ。
私がちょっぴり大人になったのかもしれない。

気まずさが癖になるかも

短編集に話を戻そう。

このトーベ・ヤンソン短編集コレクション2は、一冊まるまる誠実な詐欺師のお話。

誰が詐欺師で、何が詐欺なのか。
話の詳しい内容は伏せるけれど、この『誠実な詐欺師』の見どころはやはり「人」。

「人」そのもの。

会話や仕草、どれをとっても、ムーミン作品より登場人物が身近に迫ってくる。

読み進めると、主人公をはじめ登場人物たちのやりとりで

「き、きまずい~。」

という瞬間が幾度も出てくる。

はじめてのお芝居の席で、最前列の真ん中に案内されてしまったかのような…
買い出しや、カフェへ出かけたところ偶然居合わせてしまって、うっかり耳や目に入ってしまったような…
そんな、きまずさ。

…なんだかくせになる。

普段なら、ちょっと苦手な空気感。

よそ者が入るとすぐ目立ってしまう。
土地の人は新参者にみんな興味津々。
で、やたら詳しい人がでてくる。
だけど、その人を前に話はしない。

家にいる時間が長いから、気になることがずっと気になる。

うーん。しんどい。

けれども、ちょうど2020年の「みんな家でおとなしくしていろ」期間とあいまって、静かな気持ちで読むことができた。
わたしの中で自粛中の閉ざされた感じやちょっと寂しいと感じていた時間が、トーベの描く世界に住む人たちとちょっぴりリンクしたのかもしれなかった。

最後に、感想をふたつほど。

・犬に対する主人公の姿勢に、ハッとした。
・書類を静かにさばいていく主人公を見て、「嗚呼。羨ましい…。」と思った。

◇文庫本も出ていました
誠実な詐欺師 (ちくま文庫)

作品ウェブサイト

須藤萌子の銅版画、ドローイング作品、ワークショップイベントを紹介するサイトです。
こちらもご覧ください。
https://sudohoko2016.wixsite.com/sudohoko